2012年9月5日(水)
「グロス売上」と「ネット売上」2つの売上の違いとは?(前編)
日本最大級のファッションサイト「ZOZOTOWN」が持つ、ECサイト特有の「2つの売上」から見えてくるものとは?
GMOインターネット株式会社グループ広報・IR部 アナリスト丸山敦士氏が、独自の視点で企業を分析する「業界レポート」。今回は前後編の2回にわたってお届けします。
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みなさんスタートトゥデイという名前をご存知でしょうか?
もし聞き覚えがないという方は、ZOZOTOWN(ゾゾタウン)ならご存知なのではないでしょうか?
スタートトゥデイは、会員数453万人(2012年6月末時点)を誇る日本最大級のファッション専門サイト「ZOZOTOWN」を運営している会社です。
このスタートトゥデイの事業は大きく3つに分けられます。
1.自社ショップ事業
2.受託ショップ事業
3.EC支援事業
いずれもWeb上で行われている事業になります。これらを、「どこのサイトで?」「何をやっているか?」「在庫リスクは誰がとっているか?」で分類したのが次の図になります。
3つの事業がありますが、行われている事業の本質は同じです。スタートトゥデイは、ブランドから入荷した商品を撮影、採寸、保管、Webに画像をアップし、注文が来たら、梱包、発送、決済し……と、「ファッションのEC通販の全て」を行っています。この仕組みを構築したことがスタートトゥデイの基盤となっています。
「自社ショップ事業」と「受託ショップ事業」の共通点は、いずれもスタートトゥデイが運営するWebサイト「ZOZOTOWN」上で行われていることです。一般ユーザーからすると見かけ上の違いはありません。しかし、流通する商品に対する「リスクの取り方」が違います。
【自社ショップ事業】 スタートトゥデイ自身がアパレルブランドから在庫を買い取り、在庫リスクを負っています。
【受託ショップ事業】 スタートトゥデイはZOZOTOWNという場所を貸していることになり、在庫リスクは出店するアパレルブランドが負うことになります。
【EC支援事業】 他社ブランドのサイト上で行われているので、一般ユーザーからするとスタートトゥデイの存在をうかがい知ることはできません。
しかし、提供している機能の点から考えると、受託ショップ事業とEC支援事業に実質的な違いはほとんどありません。「ZOZOTOWNで売れるか、それとも他社サイトで売れるか?」という違いこそあれ、自社の事業インフラを利用して他社のEC化をサポートしているわけです。
さて、この3つの事業の規模はどのように推移しているのでしょうか?
過去9四半期の取扱高の推移を表したのが次のグラフです。
受託ショップ事業が大きく伸びていることがわかります。2010年4-6月には77億円だった取扱高が2012年4-6月には152億円になっています。ただし、右肩上がりだった伸びが直近の四半期では減速しています(コチラの要因については後述します)。
自社ショップ事業は横ばい傾向、こちらも直近では減速しています。
最後にEC支援事業、こちらは徐々に伸びており、直近では自社ショップ事業の額を上回っています。
3つの事業を合計すると、直近の四半期では190億円超、これを2011年3月期通年でみると800億円超という額になります。これだけだと、どういう要因で取扱高が増えてきたのか、まだ把握できせん。
そこで、ZOZOTOWNに関する取扱高を供給サイド、需要サイドで分解してみることにします。
まずは、供給サイド、すなわちブランドです。取扱高は「出店ショップ数×ショップ当たりの取扱高」に分解できます。
次に需要サイド、こちらは消費者です。取扱高は「購入件数×購入単価」に分解できます。
これらの過去9四半期の推移を表したのが次のグラフです(なお、図中のプラス・マイナスの数値は前年同四半期と比較した数値になります)。
「ショップ当たり取扱高」、「購入単価」という、「単価」は下がっています。しかし、「ショップ数」、「購入件数」という「数量」の伸びがこれを大きく上回っています。直近の購入件数は134万件、1日平均14,000件を超える発送が行われていることになります。
ショップ数が増えるから、顧客が増える。
顧客が増えるから、購入件数が伸びる。
この循環が取扱高の増加に繋がっているといえそうです。また、ショップ数がこれだけ増やせるのは、物理的な制約を受けない、Webならではといえるでしょう。
さて各事業の取扱高とともに、会計的な「売上高」を並べてみたのが次の図です。
直近の四半期字は取扱高が191.4億、売上高が71.9億となっています。両者は同じような動きをしているようですが、ともかく大きな違いが生じていることは確かです。
この違いは一体何なのでしょうか?
これにはまず、「売上」という言葉を整理する必要があります。
受託ショップ事業、EC支援事業で10,000円のシャツが売れた場合を考えてみましょう。
この10,000円の一部をスタートトゥデイは手数料という形で受け取ることになります。仮にここでは、スタートトゥデイが3,000円、アパレルブランド側が7,000円、としておきましょう。
取引の「総額」である10,000円を売上にするのが「グロス売上」、
これに対して、スタートトゥデイの「正味」の取り分である3,000円を売上とするのが「ネット売上」です。
この「グロス売上」と「ネット売上」、どちらが正しい「売上高」なのでしょうか?
正解は「どちらも正しい」です。
どちらを「売上高」とするかは、経営者の裁量で決まります。
国内の百貨店ではグロス売上が一般的ですし、最近話題の国際財務報告基準(IFRS)では、ネット売上を推奨しています。IFRSがネット売上を推奨するのは、「リスク」という概念を重視しているからです。
このシャツのリスクを取っているのは誰でしょうか?
今回は運良く買い手が現れましたが、売れ残って在庫となっていたかもしれません。この在庫リスクの担い手、それは、取引の当事者であるアパレルブランド側です。
取引の当事者としてではなく、たんなる媒介者として対価を回収する代理人は、その回収金額の全額ではなく、手数料に相当する部分のみを収益計上しなければならない、というのです。
要は、リスクに応じて売上も計上しましょうということです。
しかし、グロス売上でもネット売上でも「粗利」という実質は変わりません。
グロス売上をネット売上に変更した場合を考えてみましょう。
グロス売上の際には計上されていたアパレルブランドの取り分(7,000円)が売上分とコスト分とで相殺されることになり、後に残る「粗利」(3,000円)は同じです。
これが、「グロス」から「ネット」に変わるということです。ビジネスの実態が変わるわけではないですが、会計基準というモノサシが変わると随分見え方が違ってきます。
まとめると、スタートトゥデイには2種類の売上があることになります。
手数料型である受託ショップ事業・EC支援事業の「ネット売上」、そして、在庫リスクを負う自社ショップ事業の「グロス売上」です。
これらを会計的な「売上」として、さらに、会社全体のグロス売上を「取扱高」として追加的に開示しているということになります。スタートトゥデイの経済規模を正しく掴むためには、売上だけでなく取扱高も欠かせないということになります。
さて、この2つの売上はどういう関係にあるのでしょうか?
グロス売上に対するネット売上の割合から、スタートトゥデイの取り分の大きさがわかります。この「ネット売上高÷取扱高」のことをスタートトゥデイでは「テナント手数料率」と呼んでいます。
テナント手数料率の推移は次のとおりです。
テナント手数料率は一貫して上昇傾向にあり、2012年6月期の数字は27.4%となっています。
先ほどの「10,000円のシャツ」だと2,740円だということですね。ブランド側からこれだけの手数料を払う価値のあるサイトであると認知されたと同時に、プラットフォーマーとしての実力が増して来ているといえるかもしれません。
筆者はこのテナント手数料率が重要なKPIかと考えたのですが、必ずしもそうではないようです。
それはなぜか?
その答えは後編で……
本レポートは、企業業績や財務状況を直観的に判断できるビジュアライズレポートが個人投資家を中心に高い評価を受けている当社グループ広報・IR部の丸山(元、銘柄分析サービスの(株)シェアーズ アナリスト)が、独自の視点で企業・業界分析しているレポートです。
2012.09.03
*本文中に記載されている会社名および商品名・サービス名は、各社の商標 または登録商標です。
丸山 敦士
GMOインターネットグループ株式会社
銘柄分析サービスを提供していた株式会社シェアーズ(2012年にGMOクリックホールディングスに吸収合併)で企業分析の中核メンバーとして活躍し、企業業績や財務状況を直観的に判断できるビジュアライズレポートをブログ等で発表。現在はGMOインターネット株式会社のIR担当として活躍。