2012年9月26日(水)
サービスを展開させる環境を見極める
木は適切な土壌に植えなければ育たない
先進的なサービスを作っても、市場の環境が整っていなければ普及させることはできない。「時代が追いついてこなかった」と言われるような状況は、多くの場合、ユーザー側の環境が準備できていない段階でサービスを展開してしまったことから発生する。今回は、そのような失敗をしないために気をつけるべきポイントを取り上げる。
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これまでのシリーズでは、スマートフォン向けのサービスを作り上げ、展開させていく上で抑えるべきポイントを紹介してきました。しかし、そうやって努力して良いサービスを作り上げたとしても、それを展開するための市場環境が整っていなければ、ビジネスとして成功させるのは至難の業でしょう。そこで今回は、サービスを投入するべき環境について考えてみようと思います。
例えるならば、これまでの話は、木を植えて育てるための方法を説明してきたようなものです。それに対して今回は、木を大きくするにはどこに植えればいいのかという話になります。木というものは適切な土壌に植えてはじめて大きく成長します。サービスも同じで、適切な市場に投入してこそ価値のあるものに成長させることができるのです。
自分が作ったサービス、あるいは作ろうとしているサービスにとって、適切な市場とはどういう場所を指すのでしょうか。それを考えるためには、対象とするユーザーを取り巻く現状をよく見極める必要があります。サービスを普及させるためには、そのサービスを使うことでユーザーの状況がどのように変わるのかをイメージしてもらうことが重要だからです。
もしそこに現在の状況からつながるストーリーが存在しないとすれば、ユーザーからは突拍子もなく生まれたサービスのように見えてしまうでしょう。そのようなサービスは、なぜそれが必要なのかを理解してもらうことが難しくなります。理解されないサービスは使ってもらえません。
例えば、最近では携帯電話やスマートフォンで手軽に使える課金システムがありますが、そのようなシステムが普及する以前には、クレジットカードによる決済を利用するのが一般的でした。しかしその一方で、オンラインでのクレジットカード決済は手続きが面倒だと多くの人が感じていたことも事実です。課金システムは、その面倒な手続きを簡単にしてくれるものだったために、多くの人がその便利さを理解して、今のように普及するようになったわけです。
さらに一歩進めて考えると、課金システムが普及したことによって成功したビジネスモデルもたくさん存在します。例えば、今では当たり前のように行われているデジタルコンテンツを買うという行為も、課金が簡単に行えるという前提がなければ受け入れられることはなかったでしょう。土壌が出来上がったところに、適切なタイミングで木を植えたからこそ成長した文化だと言えます。
デジタルコンテンツの売買といえば、ソーシャルゲーム業界では少し前に"コンプガチャ"の仕組みが大きな話題になりました。実は、以前いた会社で11年ほど前に、ある大手玩具メーカーと共同でコンプガチャと同じようなサービスを作ったことがあります。時代は、携帯電話でコンテンツ購入が可能という時代の先駆けで、主なターゲットはパソコンユーザーでした。
人気のアニメや特撮のキャラクターでシリーズ化して大々的に売り出しましたが、結果的にはそれほど流行することはありませんでした。今のように法律的な問題を指摘されたわけではありません。問題になるほど普及しなかったからです。
普及しなかった原因を振り返ってみると、当時は今のように電子データにお金を払うという習慣がなかったことや、そもそもパソコン上でキャラクターを集める必然性が薄かったことなどが挙げられると思います。ユーザー側の環境が整っていないところに、前触れのない形でサービスを投入してしまったわけです。購入にクレジットカードの登録が必要で、手続きの手間が大きかったこともマイナス要因でした。たとえ魅力のあるコンテンツを持っていたとしても、サービスとして成り立たせるためには環境が整っていることが重要だということです。
スマートフォンなどのカメラ機能を利用して、現実の映像に仮想的な情報をオーバーラップさせて表示する「拡張現実(AR)」でも似たような経験をしました。こちらも6~7年前のフィーチャーフォンの時代なので、まだiPhoneが登場してARが一般ユーザーの話題にのぼるようになる以前の話になります。その当時でも技術的には十分可能なことを確認していましたが、最終的には製品化に至りませんでした。
理由はマネタイズするためのビジネスモデルが見つけられなかったからです。ユーザーの生活の中で自然な流れでARを利用するようなシーンがないため、そのままリリースしてもただ面白いというだけで終わってしまうだろうと判断しました。これは土壌がなかったためにお蔵入りになったケースと言えます。
先進的なサービスが陽の目を見ずに終わってしまったとき、よく人は「時代がついてこなかった」と言います。しかしこれは「普及のために必要なものが整備されていなかった」と言い換えることもできます。道路がないところでは車が売れないように、適切な環境が整っていないところでサービスを展開しようとしてもうまくいきません。まずは前提となる土壌がちゃんとできているかどうかを見極めることが重要です。
そういった意味では、拡張現実に関しては、これから多くの土壌が出てくると考えると、新しい未来があるかもしれないので、結構楽しみだったりします。
さて、土壌という視点からスマートフォンの市場を見つめ直してみると、10年前とは比較にならないくらい肥沃な土壌が広がっていることが分かります。ハードウェア・ソフトウェアともに十分な性能を持ち、インターネットへの接続環境も向上している上に、マネタイズのための課金システムも整っています。ユーザー同士のコミュニケーションも活発で、コンテンツの共有や交換などといった要素が容易に取り入れられるようになりました。何よりも、スマートフォンの存在そのものが人々の生活に密着した身近なアイテムとして受け入れられています。このような土壌を利用しない手はありません。
土壌が見つかったとしたら、次に考えなければいけないのはサービスの見せ方です。サービスを普及させるためには、ユーザーにとってそのサービスが何をもたらすものなのかを、理解しやすい形で伝える必要があります。そのためには、これまでも再三にわたって主張してきた「シンプルにする」ということがなおさら重要になってきます。サービスの持つ世界観がシンプルであれば、それだけユーザーにとっては理解しやすいものになるからです。
それと並んで、ユーザーに魅力を伝えるプレゼンテーション力を身に付けることも重要な鍵になってきます。ポイントは、難しい用語の使用は避けて、身近な例え話を使いながら理解できる言葉で伝えるということです。この点はスマートフォンのサービスだからと言って特別なことではなく、一般的に物事を分かりやすく伝える際には必ず必要になるものだと思います。
サービス名なども、ユーザーに伝えるという観点を第一に考えるべきでしょう。ひと目見てサービスの内容が分からないような名前は、目に留められずに見逃されてしまう可能性が高くなります。案内看板を作るのと同じような感覚で、サービスの内容を端的に表す名前をつけることが望ましいと言えます。
今では当たり前になった携帯電話でのインターネット接続も、10数年前には「こんなに小さな画面でインターネットなんて誰がやるのか」と言われていました。オンラインで写真を共有するサービスも、登場した当初は普及しないだろうと思われていました。当時はまだ現像した写真を送り合う習慣が残っていたからです。つまり、その頃はまだ土壌ができていなかったのです。
しかし、ひとたび土壌が出来上がれば流れは大きく変わります。10年前には受け入れられなかったサービスでも、最近になって似たようなものが流行したという例はたくさんあります。同じようなサービスでも、周囲の環境が整っているか否かで結果はまったく異なるのです。スマートフォン市場で勝ち残るためには、優れたサービスを生み出すことと並んで、それを投入する環境やタイミングを見極めることも重要なのです。
取材日:2012.08.30
GMOゲームセンター
GMOインターネットグループ株式会社
2010年11月26日、Android端末向けのゲームアプリマーケットである「Gゲー by GMO」のβ版をリリース。スマートフォンの急速な普及が進む中、事業のさらなる強化と事業展開の迅速化を図ることを目的として、2011年6月1日に合弁会社を設立。続々と新規タイトルを世に送り出している。